The Graphとは、ブロックチェーン上の膨大なデータを整理・検索可能にする、分散型のインデクシングプロトコルです。
この記事では、全7回にわたるThe Graph解説シリーズの第6回として、急速に変化するブロックチェーンデータインフラ市場の勢力図と、その中でのThe Graphの立ち位置の変遷について深掘りします。
当ブログでは、The Graphについて詳細を知りたい方に向けて、以下の合計7記事にわたって解説します。ぜひとも第一回の記事から順番にご覧下さい。
Contents
第一回~第五回の振り返り
これまで、The Graphの全体像(第1回)、エコシステムを支える参加者の役割(第2回)、そして「Graph Horizon」による分散化の深化(第3回)、数兆円規模の資産を支えるdAppsでの活用(第4回)を見てきました。前回(第5回)では、伝統的金融(TradFi)の巨頭であるDTCCとの実証実験プロセスやAIエージェント経済といった、Web3の枠を超えた社会インフラとしての可能性に触れました。
ここまでの解説を通して、ブロックチェーン・インデクシングの重要性と、The Graphの本質的な価値を理解いただけたはずです。
しかし、このインフラの重要性にビジネスチャンスを見出した人々は、The Graphのメンバーだけではありませんでした。2026年現在の市場には、SubsquidやAlchemy、Goldskyといった「より速く、より使いやすい」を掲げる競合他社が次々と台頭しています。
「The Graph以外に、この課題に対する優れたアプローチはないのか?」「中央集権的なSaaSの方が、実は効率的なのではないか?」記事を読み進めるうえで、こう考えた方もいることでしょう。
今回は、こうした疑問に正面から答えるべく、競合サービスの技術特性と比較しながら、The Graphが築き上げた「技術的な堀」の正体を明らかにします。
インデキシング市場の多極化
昨今、Web3のデータ・インフラストラクチャは大きな転換点を迎えています。
かつて「ブロックチェーンデータの効率的な取得」といえば「The Graph」であった、一強時代はすでに終わりを迎えています。それすなわち、単一の汎用ツールに頼るのではなく、用途に合わせて最適な技術スタックを選択する「垂直型サービス」の乱立期へと移行しています。
それはなぜか?初期のdApps開発では、インデキシングの選択肢は事実上The Graphのみに限られていました。しかし、L2の乱立や、大量のデータを超高速で処理する、Solana, Monadなどの高スループットチェーンの台頭により、従来の標準的なSubgraphだけでは対応できない、次のような課題が表面化しました。
まず第一に、DeFiにおける取扱高の増大です。 暗号通貨取引市場にも高頻度取引業者が到来し、1秒、場合によっては数ミリ秒の遅れでさえも大きな損失につながる可能性が増しました。それにより、ミリ秒単位でのデータ更新(低レイテンシ)という、極限のリアルタイムパフォーマンスを求められる分野が広がりを見せました。
次に、エンタープライズやAI分野への普及が挙げられます。 従来のWeb3開発者はGraphQLで満足していましたが、伝統的な金融機関(TradFi)やビッグデータ分析を行う企業は、GraphQLではなく、自社の使い慣れたSQLデータベースへの直接同期を要求しました。つまり、既存インフラとの親和性が重要性を帯び始めたのです。
最後に、圧倒的なコスト効率への要求です。 ブロックチェーンに記録されるデータ量が指数関数的に増え続ける中で、膨大な履歴データをいかに安価にインデックスし、長期間維持するかという「ランニングコストの最適化」が、商用プロジェクトの至上命題となりました。
こうした課題に特化したプレイヤーたちが、The Graphの牙城を崩そうと急速にシェアを伸ばしています。
その中でも特に規模の大きい「Subsquid」「Alchemy」「Goldsky」「Envio」について、今回は比較を行っていきましょう。
Subsquid: モジュール化がもたらした破壊的進化

The Graphの最大のライバルとして、2026年現在もっとも存在感を放っているのがSubsquidです。彼らは、The Graphが長年抱えていた「ある弱点」を突くことで、急速にシェアを拡大しました。
The Graphの「重さ」への挑戦
Subsquidが登場した当時、The Graphを利用する開発者は2つの「重さ」に直面していました。
1つ目は「インデックス速度の重さ」です。従来のSubgraphはRPCノードに1回ずつ問い合わせるシーケンシャルな同期方式であったため、データの同期に数週間かかることが珍しくありませんでした。
2つ目は、「学習コストの重さ」です。Subgraphのマッピングロジックは、TypeScriptのようでそうではないAssemblyScriptという言語で書く必要があったため、Web2出身のエンジニアには学習難易度が高くついたのです。
2021年にDmitry Zhelezov氏とMarcel Fohrmann氏によって設立されたSubsquidは、この課題に対し、データの抽出と変換を分離するモジュール型アーキテクチャという回答を提示しました。
特に開発者が歓迎したのが、100%純粋なTypeScriptでロジックが書けるという、圧倒的な学習コストの軽さです。
AssemblyScriptのような制限がなく、既存の膨大なJavaScriptエコシステムをそのまま導入でき、新しい言語を覚える必要もなく、使い慣れた環境でビジネスロジックを組めるため、開発着手からデプロイまでのリードタイムを劇的に短縮しました。
2026年2月2日現在、Subsquid Networkは2,114の分散型ワーカーノードによって支えられており1、100以上のチェーンに対応。1日484万ものデータリクエストをさばき、配信データ量としては1日あたり12.7TBにまで成長しています。
FirehoseとSubstreamsというThe Graphからのアンサー
競合の猛追に対し、The Graphは「改良」ではなく「再定義」という形で応戦しました。これが、本シリーズでも触れてきたSubstreamsと、Firehoseの導入です。
Subsquidが「データレイク」で対抗したのに対し、The Graphは”Firehose“と呼ばれる新しいテクノロジーを投入しました。これはノードの取引を「フラットファイル」として直接書き出す技術で、RPCのオーバーヘッドを完全に排除しました。
そして、SubsquidがTypeScriptの「柔軟性」を売りにする一方で、The GraphはRustを用いたSubstreamsによって「極限のパフォーマンス」を追求しました。
前述のとおり、それまでのインデクシングは、ブロックチェーンのデータを1つずつ順番に処理する「線形モデル」でした。このモデルは計算量においてO(n)であり、Solanaのような高スループットなチェーンでは、データの生成速度に同期が追いつかないという致命的なボトルネックを抱えていました。
Substreamsは、この限界を並列処理モデルへの移行によって打破しました。データを「特定の時点の状態」ではなく「ストリーム(流れ)」として抽出することで、全ブロックを複数のグループに分割し、同時に複数のワーカーで処理することを可能にしました。
並列化によって、同じ計算量O(n)に対し、投入する計算リソースを増やすことで、実際の待ち時間(Wall-clock time)を劇的に短縮する「水平スケーラビリティ」を実現したのです。
こうして各ワーカーによって処理されたデータは最終的にバイナリツリー形式でマージされます。マージのステップ数は分割数に対して対数的に抑えられるため、同期後半の結合プロセスも極めて効率的です。これらの改善により、大規模な履歴データの同期においても、従来の「数週間」を「数時間」に短縮するという、100倍以上の高速化2を達成しました。
SubsquidはTypeScriptによる快適な開発体験を提供し、開発者にとって今もなおThe Graphと比肩しうる魅力的な選択肢であり続けています。しかし、ブロックチェーンデータをグローバルに提供し続ける「分散型データの標準」という座を奪うまでには至らず、ローンチから5年経過した現在でも、月間クエリ数で実に10倍もの大きな差を維持しています3。
Alchemy: 中央集権の利便性

開発者が「一刻も早く、何も考えずにインデックス環境を構築したい」と考えたとき、最大の選択肢となるのがAlchemyです。彼らは分散化という理念を敢えて切り捨て、エンタープライズ水準の安定稼働を最優先に掲げています。
Alchemyは2017年にスタンフォード大学出身のNikil Viswanathan氏とJoseph Lau氏によって設立された、Web3業界最大手のインフラプロバイダーです。彼らはノードインフラの「Alchemy Supernode」を主力製品とし、「1行のコードでdAppsをスケールさせる」という体験を提供することで、Web3におけるAWSのような地位を築きました。
そして2023年9月、The Graphの競合としての本格的な進出を果たしました。インデックス技術に長けたスタートアップSatsumaを買収4したことで独自のAlchemy Subgraphsをリリースし、The Graphが抱えていた構造的課題に真っ向から切り込んだのです。
それ即ち、The Graphの分散型ネットワークを利用するには、GRTトークンの調達をはじめとする「分散プロトコルの作法」を理解せねばならず、これがWeb2出身の開発者には大きな負担となっていた点にあります。AlchemyはThe Graphの完全互換となる製品を完全マネージドなSaaSとして提供し、ボタン一つでインデックスを開始できるという、爆速の開発体験を実現しました。
そして、The Graphのような分散型プロトコルでは、クエリのレスポンス速度が個々のインデクサーの性能に依存するため、パフォーマンスにばらつきが生じることがあります。Alchemyはノードインフラとしての知見とインフラ網を活用し、エンタープライズ水準の稼働率とレイテンシを保証しました。
また、The Graphで問題が起きた際、解決策はコミュニティやDiscordで探す必要がありますが、Alchemyは専任のサポートチームによる24時間体制の対応を提供しました。これは、責任の所在を明確にしたい伝統的な企業にとって決定的な魅力でした。
The Graphの「中央集権」への反駁
これに対し、The Graphは2025年に発表したAmp、そして検証可能性という概念をもってこれに応酬しています。
AlchemyのようなSaaSを利用する場合、開発者は「その企業が提供するデータが正しい」と盲目的に信じるしかありません。一方で、中央集権的にサービスを提供するAlchemyとは異なり、The GraphのAmpは、インデックスされたデータが正しいことを暗号学的に証明します。
第5回でご紹介した通り、世界最大の金融インフラであるDTCCの実証実験においても同様です。Alchemyのような中央集権型のSaaSは、DTCCのようなTradFiとは何よりも相性が良いはずです。それにもかかわらず、実証実験の手段としてThe Graphが用いられました。それは、Alchemyのような「特定の1社」が計算したデータを鵜呑みにすることへの懸念があったからではないでしょうか。
そして、2025年12月8日、Web3開発プラットフォームの巨人Alchemyは、自社のSubgraphサービスを終了しました5。
この出来事はインデキシング市場における単なる一企業の撤退ではありません。それは、Web3業界全体が直面する「中央集権型SaaSのリスク」を白日の下に晒し、皮肉にもThe Graphが掲げてきた「分散化の理念」がどれほど現実的な価値を持っているかを示唆しています。
Goldsky: 「インフラの自由」と「リアルタイム同期」

2025年12月にAlchemyが自社Subgraphサービスを廃止した際、唯一の公式移行パートナーとして指名6されたのがGoldskyでした。
彼らもまた、The Graphが「分散化の純粋性」を追求する過程で生じていた実務上の大きな隙間に鋭く切り込んでいます。
GraphQLという「壁」
The GraphのSubgraphは、データ取得の窓口としてGraphQLを採用しています。しかし、Web3が成熟し、エンタープライズ領域やAI開発に浸透するにつれ、GraphQLが「壁」となるケースが増えてきました。
すなわち、大規模なデータ分析やAIの学習モデル構築、あるいは複雑なBIツールと連携を行う場合、GraphQLでは、複雑なテーブル結合や高度な集計処理に限界が生じ始めたのです。
また、エンタープライズ特有のニーズとして、多くの企業はAPI越しにデータを「都度取得」するのではなく、自社で運用するPostgreSQL、Snowflake、BigQueryといった既存のデータベースの中に、ブロックチェーンのデータが最初から同期されている状態を求めていたのです。
元0x LabsやHeapのエンジニアであるKevin Li氏とJeff Ling氏によって2021年に設立されたGoldskyは、この課題に対し、”Mirror“と呼ばれるリアルタイムのデータストリーミングパイプラインを提示しました。
Goldsky Mirrorは、インデックスされたデータを顧客のインフラへ直接流し込みます。これにより、開発者はGraphQLを介さず、使い慣れたデータベース言語で直接データを取得できるようになりました。
The Graph: Ampによる「検証可能なDB」の提供
この「慣れ親しんだ言語でデータを直接扱いたい」という強力なニーズに対し、The Graphが2025年後半に打ち出した回答こそがAmpでした。Goldskyが「利便性」で先行したのに対し、The Graphはそこに「検証可能性」という、分散型ならではの付加価値を乗せました。
Goldskyが提供するのは、あくまで「高速なデータのコピー」です。しかし、The GraphのAmpは、インデックスされたデータが正しいことを暗号学的に証明しています。金融機関、特にTradFiにとって、データが「速い」こと以上に「正しいと証明されている」ことは、監査上の絶対条件です7。
また、Ampは、Snowflake、Datadog、Power BIといった既存のエンタープライズツールと直接、かつセキュアに接続できるコネクタを標準搭載しました。Goldskyが「データパイプライン」として提供した価値を、The Graphは「分散型データベース」という高い次元のレイヤーで、検証可能性という付加価値を加えた上で追いついてしまったのです。
Envio: 開発者の「待ち時間」をゼロに

競合分析の最後に、2026年現在、開発者から注目を受けている新鋭のEnvioに触れないわけにはいきません。彼らは、The Graphが「エコシステムの巨大さ」ゆえに抱えてしまった「開発サイクルの重さ」に特化して切り込みました。
Envioの創業者であるJonathan Clark氏らは、もともとThe GraphのエコシステムでSubgraph Uncrashableを開発し、The Graphに大いに貢献していたメンバーでした。(彼らが開発したこのプロダクトは、The Graph財団によって5万ドルの助成金を受け取っています8)
そんな彼らがEnvioを立ち上げた理由は、開発現場での切実な悩みに起因します。
The GraphにおけるSubgraphの開発中は、コードを書き換えるたびにデプロイし、ブロックチェーンの最初からデータを読み直す「再インデックス」を待たなければなりません。大規模なSubgraphではこの待ち時間が数日から数週間に及ぶこともあり、開発のイテレーションを著しく阻害していました。
また、従来のインデクサーはRPC経由でデータを取得しますが、これには「速度の制約」「クエリの柔軟性」「コスト効率の悪さ」という、効率性に関する深刻なボトルネックが存在しました。
先述のとおり大量の履歴データ取得には時間がかかるだけでなく、複雑なデータ分析には多くの個別の呼び出しが必要となり、ことデータ集約型アプリケーションではコスト高の原因となっていたのです。
Envioは、この速度と効率という深刻な課題に対し、独自のデータエンジンを開発したのです。
Envioの核となるHyperSyncは遅いRPCを通してではなく、Rustベースの高速なデータ供給レイヤーから直接データを吸い上げます。これにより、従来のThe Graphと比較して103倍ものスピードでのインデックスを実現しています9。
また、JavaScriptやTypeScriptだけでなくReScriptまでもサポートし、ローカル環境での快適な開発体験と、高速なビルドとテストの両立を可能にしました。「数日かかる再インデックスを数分に短縮する」という体験は、特にアジャイルな開発を要求し、本番環境でも即時性の高いデータが求められるDEXやゲーム開発チームからは大歓迎をもって受け入れられました。
Substreamsの「再利用性」というThe Graphの防壁
Envioが「個々の開発スピード」を極限まで高めるのに対し、The Graphは社会全体の開発効率でこれに応酬しています。
Envioでは、新しいプロジェクトを立ち上げるたびに、一からインデックスのロジックを書く必要があります。一方、The GraphのSubstreamsは高度にモジュール化されており、誰かが作ったロジックを自身のプロジェクトにすぐに組み込めます(試しにsubstreams.devを見てみましょう!)。
先駆者として積み上げてきた何万もの既存のSubgraphと、数千人のアクティブな開発者が蓄積した集合知こそがThe Graphの最大の武器だったのです。個人の開発速度はEnvioに軍配が上がりますが、業界全体の「再利用可能な知識」の蓄積量においては、The Graphは依然として他を圧倒しているようです。
第六回のまとめ
SubsquidやAlchemy、Goldsky、そしてEnvioのような競合他社の台頭は、The Graphにとって最大の脅威であると同時に、それまでの限界を突破させる処方箋となってきました。
Subsquidが「開発の軽さ」を、AlchemyやGoldskyが「利便性」を、そしてEnvioが「インデックス速度」という課題を突きつけたことで、The GraphはFirehose、Substreams、Ampといった進歩に至ったのです。
個別のソフトウェアにおける課題解決には、開発者が求めるニーズを満たす優れたツールが選ばれます。それでも、数千億ドル規模の資産を預かるプロトコルや、永続性が求められる社会インフラが最終的に選ぶのは、「止まらず、検証可能で、自己進化を続ける分散型プロトコル」であるThe Graphではないでしょうか。
類似サービスとの激しい開発競争は、Web3データインフラをより強靭なものへと変貌させました。しかし、ブロックチェーン上の事実を「公共財」として提供し続けるという使命において、The Graphの独走態勢はまだしばらく続きそうです。
次回予告
本記事では、技術的な進歩と、それに裏打ちされる圧倒的なシェアを、競合他社との比較によってThe Graphに見出してきました。これまでの分析では、インフラとしての The Graph は疑いようのない王座にあるように思えます。
しかし、投資家やエコシステム参加者が直視しなければならないもう一つの現実に、ネットワークを支える血液であるGRTトークンの経済設計が挙げられます。
- なぜ技術が優れていても、トークンの価値は上がるとは限らないのか?
- インデクサーに支払われる「報酬」と、市場への「希薄化」のジレンマ。
- 私たちは「インフレの恐怖」を乗り越えられるのか?
次回、シリーズ第7回では、これまで語ってきた「光」の裏側に潜む「経済的なリスク」に切り込みます。
当ブログでは、The Graphについて詳細を知りたい方に向けて、以下の合計7記事にわたって解説します。ぜひとも第一回の記事から順番にご覧下さい。
- https://www.sqd.ai/ ↩︎
- https://thegraph.com/blog/substreams-parallel-processing/ ↩︎
- https://www.sqd.ai/ および https://messari.io/project/the-graph/quarterly-reports/q3-2025 ↩︎
- https://www.alchemy.com/blog/alchemy-acquires-satsuma ↩︎
- https://www.alchemy.com/docs/alchemy-subgraphs/deprecation-notice ↩︎
- 同上 ↩︎
- https://thegraph.com/blog/introducing-amp/ ↩︎
- https://thegraph.com/blog/wave-six-grants/ ↩︎
- https://docs.envio.dev/blog/indexer-benchmarking-results ↩︎

